[戻る]

〜お正月だよ!トレジャーカルタ大会〜


工業地域も例外なく正月休みで皆帰省しているのに、一軒の工房の煙突から煙が上がっていて無人ではない事を示して居た。
その工房兼自宅の中では十七歳ぐらいの青年が普段より少しばかり贅沢な料理をテーブルに並べている。
テーブルに備えられた四つの椅子のうち一つに、料理を並べている彼と同い年ぐらいの青年が座り本を読んでいた。
手伝う気はさらさらないらしい。
「おーいナノカー。正月ぐらい仕事から離れろよ」
料理を並べ終えた青年が自分席に着きながら、角で二人に背を向け何か作業をしている少女に投げ掛けた。
「しっごとーじゃないもーん」
ナノカは作業の手を止めずに楽しいのか適当にリズムをつけて答える。
「ただいまー」
勢い良く扉が開き女性が姿を見せたが、反動で戻った扉で見えなくなった。
今度はゆっくりと開き女性が入ってきた。
「うぅー少し帰りが遅くなったからって閉めなくてもいいじゃない。
 デュー、お酒買ってきたからのもーのもー。正月と言ったらお酒を飲まなきゃ」
背負っていた袋をガチャガチャと音をならしながら椅子の上に下ろし、グラスを四つ用意する。
「ディアーネは正月じゃなくても飲むだろ」
いままで本を読んでいた男性、デューが本を置き代わりにグラスを手にした。
ディアーネと呼ばれた女性は袋から開封済みの瓶を取り出しデューのグラスに注ぐ。
「ほら、御影ちゃんも」
グラスを渡そうとするが御影は受け取らない。
「未成年だから飲まない。ナノカ、いつまでも遊んでないでご飯にしよう」
「あーい」
「あんたのところは知らないけど、ここでは旅立ったら大人なのよ。ナノカちゃんは飲むわよね?」
「飲むー。お酒は超百薬って言うし飲み過ぎなければいいんだよ」
誰一人と訂正しなかった。
一人は関わるのを止め、一人は黙々と飲み食いを始めて居て、一人は何を飲ませようか袋を漁っている。
ディアーネは白く濁った酒、甘酒が一人分だけ入った瓶と一緒に一枚の紙を取り出した。
「そうそう。明日おもしろそうなイベントやるみたいよ」
「なになにー『トレジャーカルタ大会』おもしろそーだね」
「でしょでしょ」
興味を示したのはナノカだけで、さっきまでデューが読んで居た本を話題に御影とデューは話している。
「わぁお、しかもお姉様主催だって。これは絶対行かねば」
年末に急に入った仕事で暇が出来ず、ナノカがお姉様と慕うライラ=シルバーロードとなかなか逢うことが出来なかった。
「ナノカちゃんならそう言うと思って皆の名前登録してきちゃった」
じゃんけんで決めたリーダーのナノカの次に権限が強いのは、料理を作り台所で活躍する御影ではなく、
遠距離攻撃で活躍するデューでもなくここに居る誰よりも戦闘力があるディアーネだった。
「ありがとうです。さーて明日どれを着ていこうかなー」
そう言ってナノカは自室がある二階に上がって行った。
「皆って俺らも?」
「お世話になってるんだから参加ぐらいいいでしょ」
「御影、諦めろ。戦って勝てる相手ではない」
「デュー、それどーゆー意味?」
ディアーネに酒を取り上げられ、すぐに謝るデューに御影はため息をついた。

男性二人のやる気を女性二人が吸収した感じで大会当日を迎えた。

----------

街から少し離れた場所にある、城と言っても過言ではないほど大きい館が大会開催場所であった。
館の壮観に驚いたナノカ達だったが中に入るとさらに驚いた。
通された大広間は有名アーティストのライブでも始まりそうな人の海と化していた。
がやがやとうるさく、話し声を掻き消されまいとさらに大きな声で話すため数センチの距離でも何を言っているのかわからない。
「わぁお、これ皆参加者なの」
「いって足踏むな!」
「ねぇ、あの人達同じ格好してるけどなんだろ」
ナノカが迷惑にならない程度に指差す方向にはピンク色のはっぴを着た集団が居た。
「……あんなのも居るのかよ」
『あーあー只今マイクのテスト中。聞こえましたらお静かにお願いします』
放送のおかげでゆっくりとだが静かになっていく。
『これよりトレジャーカルタ大会を始めます』
会場全体から声が上がる。
『ルールは普通のカルタと同じで札をより多く取ったチームが優勝です。
普通と違うのは札が館のあらゆる場所に置かれており、
札は小さくてもあのぐらいなので見つからないことはないと思います』
右を向く人と左を向く人に別れた。
「み、見えない」
背の低いナノカはジャンプしても人の頭しか見えなかった。
「右は『い』と『犬の絵』だ」
「ん? 左は『犬の絵』と漢字の『犬』だったぞ」
「漢字もあるのか……右はひらがなだ」
デューと御影がそれぞれ見えたらしくナノカに教える。
「え? え?」
『チーム内での別行動は構いません。また館の各所にカメラを設置しておりますので、
戦闘行為を行った場合は即退場していただきますので気をつけて下さい。
では、最初の一枚目を主催者であるライラ様に読んでいただきましょう』
『やけに男が多いな。まぁ、よい。では一枚目。“犬も歩けば空洞練成にはまる”』
人が左右に向かって動きだす。
「『い』だって」
「『犬』だろ?」
「両方外れでカタカナの『イ』が有ったりして」
「いずれにせよ中央に居ては取れんな」
四人が動けずじっとしていると、大きな音がし悲鳴があがった。
「?」
左右に別れた人波がどんどんと減って行く。
『言い忘れましたが、札には最低一つ罠がありますので気をつけて下さい』
先に言えと言う叫びが小さくてなっていく。
「だと思ったよ。じゃなきゃ放送設備があるのにみんなをここに集める意味ないからね」
それぞれ白い毛で縁取られた、赤い服、赤いケープさらには赤く短いスカートを身につけたナノカと同い年ぐらいの少女が腕組をしている。
帽子こそ被ってないが、サンタの女性用コスチュームである。
「人の上を行くって俺によじ登ろうとしたくせに」
「そのような短いスカートで民を踏んで行くなんて、お父上に知られたら」
少女に付き従うかの様に少女の後ろに男性が二人と少女が一人立っている。
「ていっ! 試合にはお父様も兄弟も関係ないの」
少女が男性に後ろ蹴りを入れると、男性がよろめき人を押し、倒れた。
押された人は耐えられずさらに人突き飛ばしその結果、ドミノとなり数名の悲鳴と罵声があがり小さくなって消えた。
「負けないからね! さぁ、いつまでも寝てないで行くよランティス。ナンナ。牙王」
ナノカを指差し啖呵を切ると、少女は左右の壁に貼ってある札を無視し、ナノカ達が通ってきた出入口に向かって人を掻き分け走り出した。
「ちょ、待って下さいよリュカフェル様」
男性が飛び起きて少女の後を追う。
「あ……」
置いて行かれた少女は頭を下げてから続いた。
もう一人の男性は鼻を鳴らし人の少ない方に向かった。
「ナノカの知り合い?」
「ううん。初めて。デューは?」
「記憶のない俺が知るわけないだろ」
「ちょっとちょっと。のんびりしてないで私達も行くよ!」
いつの間にか無くなった『犬』の札に気付いたディアーネが急かし、男性二人を少女達が向かった出入口とは別の出入口の方に押し動かす。
「あ、私はお姉様に新年の挨拶してから」
「後でもいいじゃない」
「ダーメ。忘れちゃいそうだもん。がんばってね」
ナノカは皆と別れ、大広間にある壇を目指し歩きだした。

----------

大会運営委員と話していたライラは、少し離れた場所で話すタイミングを見計らっているナノカに気付いて話しを中断した。
「ナノカ、来てくれたのかえ」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします、お姉様」
「おめでとう、ナノカ。今年も皆のために良い武具を作っておくれ」
「はい。もう一日二十時間労働で」
「倒れられても困るからほどほどにな。ところでナノカは参加せぬのか?」
「参加してまーす。ただ新年の挨拶の方が優先なのですよ」
『釣った魚は枯れ枝だった』
ちょうど良いタイミングで次の目的の札が放送で流れた。
「あ、じゃあ行ってきます」
ナノカは敬礼の真似をしてからいくつもある出口の一つから出て行った。
すでに運営委員も各々の仕事に戻って居て、大広間に残ったのはライラと背中に足跡の付いた黒いローブを纏った男性一人だけだった。
「おぬしは行かんのかえ?」
「いかねぇよ。こっちは無理矢理連れて来られいい迷惑だ。まぁ、あれが読まれた時だけ参加してやるが」
『い』の字と『犬の絵』が書かれた札を顎で指した。
「そうか。参加せぬなら退場願おうか」
ライラがマイクスタンド近くの一センチほど回りより浮いているタイルを踏むと、大きな音がしてマイクスタンドがある壇上を残し床が無くなった。
黒いローブの男性は重力に従い落ちていく。
「こんのく」
再び大きな音がして床が現れ、男性の最後の叫びは聞こえなくなった。
「使わなくて済んだと思ったんじゃが……」
男性しか来なかった場合空を飛べない者を全員落とし終わりを早めるために用意された罠だった。
『犬でも家主』
一人になった大広間にさっきまで男性が見ていた札が次のターゲットと知らせる放送が流れた。
ライラが監視室に行こうとした時、薄紫の髪をした少女が入ってきてライラに会釈をしてから札を取って出て行った。
「札、多くし過ぎたかの……」
少女がすでに何枚かの札を小脇に抱えてたのに気付き監視室にむかった。

----------

「うぅ〜いっぱい見つけたのに全部違うぅ〜」
半分泣きながらナノカは廊下を走っていた。
何枚か同時にターゲットになっているようで、次々と放送されるがどの札もナノカは見ていない。
おてつき覚悟で触ってみたが、魔法がかかっているらしく壁から引き剥がすことは出来なかった。
『猫の手も借り放題』
また新たなターゲットが放送された。
「借りれるなら借りた、あった!」
ナノカが走っている廊下の突き当たりに『猫』の文字と千手観音と化した『招き猫』が描かれた札を見つけた。
「それはボクのだー!!」
背後からサンタのコスチュームをした少女リュカフェルが追い掛けてくる。
「やっと見つけた私のだもん」
「わーたーさーなーいー」
子ども達に夢を与えるサンタとは違い、子ども達を恐怖におとしいれる地獄からの呼び声を発し走るリュカフェルは、ナノカより足が速く徐々に距離が縮まる。
二人が並んで札まで十五メートルとなった時、T字路の突き当たりに黒い猫が現れた。
そして二人の目的である札を器用に剥がしくわえる。
「こらーそれはボクのだぞー」
「キャットフード買ってあげるから私にちょうだい」
黒猫は二人を待っているのか動かない。
二人があと五歩で黒猫に触れる距離になると、黒猫は床を押してから元来た道を戻っていった。
そして床から何十本もの棒が勢いよく生える。
二人は止まる事が出来ずそのまま槍ぶすまに突っ込んだ。
棒はやわらかく弾力のあるもので作られていた為怪我はしなかった。
「てやっ」
リュカフェルはいつのまにか手にしていた細身の剣を逆袈裟に斬り上げた。
「はわっ」
「ふっふっふっボクを罠にはめるなんて許さないよ猫ちゃん。猫鍋にして食べてやる!」
リュカフェルは斬った棒を避け猫の後を追った。リュカフェルが角を曲がると槍ぶすまはずぶずぶと引っ込み出した。
「こ、これ次起動したら……」
いくらやわらかい素材とはいえ、尖っていて勢いよく出たらただでは済まない。
「うわぁー」
リュカフェルの叫び声が聞こえ、次いで何かがぶつかる音が響いた。
ナノカは罠が起動しないように少女が向かった方に慎重に足を運ぶ。
罠を抜け角を曲がるとサンタの少女とは違うさらに幼い少女が黒猫を抱き抱えていた。
リュカフェルはと言うと床に大の字に倒れている。
「えっと、その猫はあなたの?」
「なに? あなたもカイザーを虐めに来たの?」
「カイザー?」
片腕で猫を抱えながら少女はもう片腕を手の平を天井に向け振り上げる。
天井と手の平の中間当たりに青白い氷の球体ができ、次第に大きくなっていく。
「違うの違うの。私まだ一枚も取ってないから、招き猫の札を取った猫さんを撫でて御利益をと。って言うか戦闘禁止だよ」
「ふ〜ん、あなた……とろいのね」
「はうっ」
とろいと言われるのも当然である。
最初の一枚が読まれてから一時間は経ち、読まれた札の枚数にしたら……
ナノカを信じたのか、とろいナノカに遅れを取ることはないと思ったかわからないが少女は腕を下ろすと、
ナノカの頭ほど大きくなった氷は砕け散った。
「わっ」
キラキラと光を反射するカケラに見とれていると、突然視界が黒猫で埋まり、
ついで鼻の先を舐められた。
「撫でて良いって」
「ありがとぉ」
ナノカはそっとカイザーの首元に手を持っていき、次に背中最後に頭と順に撫でる。
「にゃ」
カイザーの前足がナノカの額に置かれた。
「頑張れだって」
「うん、ありがとぉ」
「じゃぁ、またね」
少女はカイザーを抱いたまま奥に進んでいった。

ナノカは来た道と少女の向かった道、どっちに進むか少し迷ってから少女の後を追った。
「……」
「……」
「凍牙バージョンウォール!」
少女とナノカの間に氷の壁が造られた。
「えぇ! 待ってよー。あっち罠怖いんだってぇー」
押したり蹴ったりしたが氷の壁はびくともしない。
ナノカは首にかけていたハンマー型のペンダントを手に取りかかげた。
するとハンマーは次第に大きくなり柄の部分はナノカの身長と同じになり、頭部はナノカの頭二つ分になった。
「ちょー石砕破!」
ハンマーを振りかぶり氷の壁に思いっきり叩き込んだ。
ぱらぱらと表面が散っただけでひびすら入らなかった。
「うっわかったい……」
もう一度叩いてみたが同じ結果で終わる。
『生まれぬ先の嫁定め』
新たにターゲットを追加する放送された。
「……戻ろう」
ハンマーをペンダントに戻し、元来た道を引き返した。
途中倒れていたはずのリュカフェルは居なく、槍ぶすまの罠のところには斜めに切断された棒が増えていた。
「うわぁーん、誰か助けてぇー」

----------

最初に通された大広間に戻ってきたナノカは中央でへたりこんだ。
「疲れたよぉー」
偶然なのか必然なのかわからないが、何度も何度もリュカフェルと札の取り合い行った。
同年代の子に負けじと張り合った結果、最後の札が読まれる前に力尽きた。
隣ではリュカフェルが俯せに倒れている。
「大丈夫にゃか?」
「ふぁ?」
顔を上げると銀髪に獣耳の女性が立っていた。
「もうすぐ終わるから、これでも飲んでゆっくりしてるといいにゃよ」
彼女から紙コップを受け取る。
温かい緑茶だった。
リュカフェルの分は彼女が受け取らないので床に置かれた。
「冬はこたつにみかんとお茶が一番にゃ」
『最後の最後に倒れる』
今のリュカフェルにぴったりの札が読まれた。
「集計するから札は預かるにゃね」
「あっ」
「ん? 心配ないにゃよ。あちしは実行委員にゃから。ほら」
そう言って胸につけた、実行委員集計係りゆかなと書かれたプレートをナノカに見やすく直す。
「ひの、ふの……十一枚と。名前かチーム名教えて欲しいにゃ」
「蒼空のリュートの桜庭ナノカです」
「次はサンタちゃん」
呼吸しているのは分かるがリュカフェルは全く動かない。
「サンタちゃーん、集計させてー」
「……くすー」
返事は寝息だった。
「起きたらあそこの受付で集計してるから、札を持ってくるように伝えて欲しいにゃ」
ゆかなが受付に向かうと少しずつ人が戻ってきた。
受付で札と引き換えに飲み物を貰い思い思いの場所に陣取る。
「ナノカ早かったんだな」
「あ、みんなおつかれさまー」
御影を先頭にディアーネとデューがナノカの元に来た。
なぜかデューはディアーネに頭を叩かれている。
「ナノカちゃんからもなんか言ってよ。デューったら五枚しか取ってないのよ」
「接近戦は苦手なんだからしかたないだろ」
「猫ちゃんだって頑張ってたのよ。逢わなかった? 同じ猫科として恥ずかしくないの?」
「リュカフェル様、起きて下さい。風邪引きますよ。リュカフェル様」
いつの間にリュカフェルのチームメンバーの二人も戻って来ていた。
青年がリュカフェルを揺するが起きる気配はない。
「札……」
薄紫の髪の少女がリュカフェルの下敷きになっていた札を見つけ、一気に引き抜くとリュカフェルが飛び起きた。
「この盗っとめ神妙にお縄をちょうだ、い……あれ? ナンナ?」
「おはよ」
「え、あ、おはよう」
「ん」
ナンナはリュカフェルの札を持って受付に向かって行った。


『えーそれでは上位三チームの表彰を行います』
大広間には最初に来た時の三分の一ぐらいしか人が居ない。
罠にはまりリタイアし戻って来ない者が多かったのだろう。
『第三位。四十九枚星屑のサーガチーム』
黒髪を腰まで伸ばした女性が拍手の中壇上に向かう。
「来てたんだ。世界は広いようで狭いんだねー」
ナノカ達から少し離れた場所で少女が抱いた黒猫に話しかけている。
『続いて第二位。六十枚でエターナルナイトチーム』
「うそ。ボク達?」
リュカフェルがチームメンバーの二人を見る。
「リュカフェル様よかったですね」
「本当に?」
リュカフェルの問いにナンナが頷く。
「やったー」
メンバーが一人足りないことなどどうでもいいらしくリュカフェルは小走りで壇に上った。
「御影は何枚だっけ」
「二十枚」
「私が二十五枚で……」
『そして第一位は』
御影とディアーネがナノカを見る。
『二位との差はわずか一枚。六十一枚で蒼空のリュートチームです』
「ほぇ?」
言われたことが理解できずナノカはきょろきょろと見渡す。
「ほら、ナノカちゃん」
「言って来い、ナノカ」
「え? え? え?」
「ナノカ、起立」
「あい」
御影の合図で条件反射にナノカはサッと立ち上がった。
「行ってこい」
「あい」
壇に上がるとさっきまですごく喜んでいたリュカフェルが膨れっ面で迎えてくれた。
「最後の一枚ボクが取ってれば……」
「あははー」
「おめでとう、ナノカ」
「ありがとうございますです」
ナノカはライラから賞状を受け取りながら深々と頭を下げる。
会場全体に拍手が響くがリュカフェルだけはナノカの背に視線の槍を突刺していた。
『参加してくれた皆に感謝し、これにてトレジャーカルタ大会を終了とする。上位三チームはもうしばらく残っていておくれ』

--------------------

大広間にはライラとナノカのパーティ四人、リュカフェルのパーティ三人、そして三位の黒髪の女性と黒猫を抱えた少女が残った。
大会実行委員は後片付けのため大広間を後にしている。
「まずは三位の星屑のサーガチームじゃが、おぬし一人かえ?」
「そうよ。一人で参加してはいけないってルールは無かったもの」
「無いがチームのほうが楽であろうに。で、賞品の話じゃが、おぬしの願いはなんじゃ?」
「願い?」
「ただし、叶えられる範囲でな」
「そうね……あなたの思ったところに思った額を寄付してくださいな」
女性が少しだけ考え込み答える。
「それがおぬしの願いなら。して、寄付したあとじゃが」
「あー受領証とかは要らないわ。あなたを信じる。それに根無し草だもの。もう帰っても良いんでしょ?」
「うむ。縁があったらまた逢おうぞ」
女性は軽やかに壇から飛び降り、黒猫と少女のほうに向かって歩く。
「おまたせ、ミュウ」
「あれでよかったの、ティッシ?」
「あいつならああ言っただろうから」
二人は話しながら大広間をあとにした。
「次は、エターナルナイトチームじゃな。賞品は同じくおぬしらの願いを二つ叶えよう。何でも申せ」
「はいはいはーい」
少し寝たおかげで元気になったリュカフェルが手を上げる。
「なんじゃ?」
「あの硬いベッドは嫌。ふかふかのベッドで寝たい」
「ふむ。顔が利く系列ホテルがあるでな、一年ぐらいなら部屋は確保できる」
「やったぁー」
「部屋を確保できるだけじゃが」
もうリュカフェルの耳には届いていない。
「あの、二つ目でその費用をお願いできますでしょうか?」
「了解した。そう、手配しよう」
リュカフェルの代わりに青年が願いを伝え、これでエターナルナイトチームの賞品が決まった。
「最後はナノカたちじゃな。願いを四つ叶えようぞ。誰からじゃ?」
「俺から良いかな。キッチン周りを改善したいんだけど、借家だし。ってことで包丁とか鍋とか色々と欲しいかな」
御影が一つ目の願いを伝えた。
「あい、わかった。後日使いを送るでな、何が必要かはそのときに」
「次私。たっくさんのお酒が欲しい。安くてもいいからうっまいお酒」
「酒じゃな。わらわの知り合いに酒好きが居るでな、今度紹介もしよう」
ディアーネの願いもおまけつきでかなうことになった。
「ナノカは……」
「あうーえうー」
「あとじゃな。デュー、おぬしの願いはなんじゃ?」
壁に寄りかかりぼーっと様子を伺っていたデューに皆が注目する。
「そうだな……失った記憶を」
「それは無理じゃ。すまぬな。ほかは」
「無理を承知で言っただけさ。こうして戯れる平和が続くならほかにはなにもない」
「そのためにはおぬし達の力が必要じゃな。これからもよろしくの。さて、ナノカ。願いは決まったかえ」
「うぅー」
ナノカは御影を見た。
「ん? なんでもいいんだぞ」
御影の奥にいるデューは持ってきたらしい本を読み始めている。
最後にディアーネを見る。
「そういえば、ナノカちゃんってそれしか着たとこ見たことなんだけど。服でも買って貰えば」
「服も買えぬほど金に困っておるのか?」
「違うのお姉様。その、制服が楽だから、何着も同じのを……あ」
「決まったかえ?」
「これと同じ制服が欲しいでーす。だいぶよれよれになってきたのもあるし」
「同じので良いのかの?」
「うん。同じのが良い。ほかのだとなんか違和感が」
「分かった何着か作らせよう。あとで、もう一つはなんじゃ?」
「んー……」
何か思いついたらしくライラに耳打ちをしようとするが届かないため、ライラに少し屈んでもらい耳打ちする。
ライラの頬が朱に染まる。
「考えておこう」
「いぇす」
「なんて言ったんだ?」
「ひ・み・つ」
「皆参加してくれてありがとう。また機会があればこのような大会を設けようと思うでな、良ければ参加しておくれ。では、これで本当の終いじゃ。またの」

--------------------

大会から一週間後。
新規の仕事が入ってきたアルフヘイム工房だが、
動き回っているのはナノカただ一人であった。
御影は台所でしか活躍できず、あとの二人は何も出来ない。
「るーるるー」
ナノカはいつものように歌いながら武器を鍛えている。
「なんか楽しそうね」
「実際楽しいのだろ。ディアーネが酒を飲むのと同じだ」
来客を告げるベルが鳴った。
「あら? 御影ちゃん、お客様よ」
ディアーネは自分のコップに新しく酒を注ぐ。
「あのなぁー、俺は保存食の用意と夕飯の準備とあるんだから出てくれてもいいだろ」
そう言いながらも御影は前掛けで手を拭き、玄関に向かう。
「そう言われてもねぇ、仕事の話だったら分からないもの。ねぇ」
ディアーネはコップを空にして新たに酒を注ぐ。
手ぶらで御影が戻ってきた。
「ナノカ、伝言だぞ」
「るー?」
「るーじゃなくて、ライラさんから伝言。屋敷に着てくれだって」
「おぉ、仕立て終わったんだぁ」
「油臭いからシャワー浴びて、着替えてから行けよ」
仕事をそのまま放って行こうとするナノカを
「そうかな?」
ナノカは自分の制服を嗅いでみる。
「いいからシャワー浴びて着替えて行って来い」

ナノカは持ってる中で綺麗なほうの制服でライラの屋敷の前に立っていた。
大会で使われた屋敷とは別の屋敷である。
「いいなぁー。私もこんな家欲しい……」
大きな屋敷に住んでいる自分を思い浮かべた。
広い部屋が工具やらなんやらで散らかって、結局隅っこで作業していた。
屋敷に入ると出迎えてくれたのがライラではなく使用人だった為、ナノカはがっかりした。
少し廊下を歩いて案内された場所は、一つの扉の前だった。
ここですと言って使用人は中まで通してくれず去ってしまった。
「ぅ?」
ノックして五数えて入れば失礼はないと過去に誰かから言われたのを思い出し、実践した。
三まで数えたところで声が聞こえたので、ナノカは扉を開けた。
部屋はライラが一人で居る以外普通より広い客間だった。
ただライラの服装がいつもと違い、ナノカとお揃いの制服に膝丈のスカート姿である。
「お、お姉様」
「ナノカの望みじゃからな。似合わぬかえ?」
「カメラ、カメラ」
「撮るでない!」
「うぅーじゃあ目に焼き付ける」
「話は戻るが、わらわが着てもおかしくないかえ?」
「う?」
ナノカはライラの頭のてっぺんから少しばかしきつそうな胸。
腕を上げれば露出しそうな細いウエスト。スカートから覗く膝。
紺のハイソにローファーまでゆっくりと視線を落とし、ゆっくりと上り元の位置に戻す。
「問題ナッシングなのです。ただ」
「ただ?」
入口で立ちつくしてしまっていたナノカは、ライラに歩み寄る。
「上級生の間ではもう少し短くするのが流行りなのですよ」
ナノカはライラの腰に手を伸ばしスカートを丸めていく。
「こ、こら、やめんか」
制止の声を聞き流しさらに丸めていく。
「このくらいかな。切っちゃったら没収なのでみんなこうするんですよ」
ライラのスカートは逢った時の半分の丈になった。
「やはりこれはナノカの方がお似合いじゃな」
参考にした物がつるぺたのナノカの制服である為、スタイル抜群のライラには同じ比率で作製してはいけなかった。
突然扉が開き一人の男性が入ってきた。
「ライラー遊びに……ぶっ。ぶわぁっははは。なんつー格好してんだ。ひっーひっひ。やべぇ腹いてぇー。くくくっ」
盛大に笑う男性の後ろでさっきの使用人がペコペコと頭を下げている。
「おかしくないもん」
「みんなに見せてぇ。くくっ」
男性はきびすを返し走り去った。
「ナノカ……わらわから仕事の依頼じゃ。どんな手を使っても構わぬからあやつの口を封じておくれ」
「お姉様の依頼なら喜んで」
ナノカは全速力で男性の後を追った。

「ん、制服渡しそびれたな。まぁ、後で届けさせれば良いか」

その後、ライラからの依頼で男性の捜索、男性の討伐クエストがギルドにならんだとか。


[戻る]