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〜ある遠い日の記録〜




 冒険者4人と依頼人の少女サラは、ミトレス領内の大樹林を歩いていた。
「ミーちゃんー、居たら返事してよー!」
 いなくなった猫を呼び続けるサラ。
 こんなに大声を出しながら歩いていては、モンスターが集まってきてしまうのではないか、という不安がジュスティーヌの脳裏をかすめる。慎重に辺りを見回し、モンスターの気配がないことを確認する。
「大丈夫、そんな時のための僕達だろう?」
 ジュスティーヌの様子に気付いたクラウドが明るい声をかけた。
「そうですね…」
 ジュスティーヌは表情を和らげた。
 しかし警戒しておくに越したことはない。ジュスティーヌは再度、モンスターの気配を察知するべく耳を済ませた。


「狂信者さんは、他のモンスターさんに苛められないのかな?」
「もう日が暮れますね…。夕ご飯でも作りませんか〜?」
「……。」
 聞こえてきたのは憂とリラの気の抜けるような声だけ。
 何故このパーティは緊張感がないのか、それとも自分が気にしすぎなのか。ジュスティーヌは妙なことで悩んでしまった。


 だが、彼女にしては珍しい、その一瞬の油断がいけなかった。
 ジュスティーヌの足元の地面に小さな穴があったのに気付かず、足をとられて躓いてしまったのだ。
 それを知った瞬間、冒険者達に緊張が走る。


――――憂やリラならともかく、ジュスティーヌが躓くなんて!


「だ、大丈夫ですか、ティーヌ様。鎧とかで足元見辛かったですか…?」
「はっ、もしや荷物を沢山持たせてしまったからですか!?」
 ジュスティーヌが躓く間接的な原因を作った二人は見当違いな解釈をしているようだ。
「いえ、大丈夫です。どうやら地面に穴があったようですね。」
 その穴を覗き込むと下の方に水が流れている。どうやら地下水脈のようなものに通じる小さな縦穴であるらしい。
「そうか、これが例の、釣りの穴場ってやつか!」
 この辺りには珍しい魚を釣り上げることの出来る穴場のような泉があると、クラウドは街の酒場で聞いていた。
「今度は何としても一匹くらい釣り上げるぞっ!」
 クラウドは持っていた釣竿を取り出すと、その場に腰をおろした。
「クラウド様、やる気満々ですね。」
「なっ、憂もこの前くやしがってたじゃないか〜」
 彼らは以前も一度釣りに挑戦したことがあったが、その時は見事に糸を切られ、逃げられてしまったのだ。




「よし、やるか! …いざとなったら素手でも…」
 クラウドは腕捲りをした。これは以前逃がした魚へのリベンジでもある。今この穴の下にいる魚たちには全く身に覚えがないだろうが、そんなことは問題ではない。


「私はクラウド様を手伝いますね。」
 憂はクラウドの釣り竿を横から両手で支えた。


「ちょうどこれから夕ご飯を作ろうと思っていたのですよ〜。頑張って釣ってくださいね、クラウドさん。」
 リラは釣りを手伝うでもなく、夕食の仕度をし始めた。お湯を沸かしダシをとる。お湯の中に放りこまれているいくつかの物体が、オークの牙に似ているとか、先日戦ったトロールのものかと思うほど巨大な骨であるとか、そんなことは気にしてはいけない。


「この小さな穴から釣り上げるのでしょうか。私は釣竿を持ってきていないので、このツルハシとスコップで…」
 ジュスティーヌは右手にツルハシ左手にスコップを構えた。大きな魚が釣れても大丈夫なように、小さな穴のふちをを削っていく。釣りが終わるころには、広げられた穴が恐怖の落とし穴となっていることだろう。




こうして、冒険者達と魚らしきもの達の熾烈な戦いの幕が上がった…。




〜1ターン目〜


 クラウドと憂は地面の穴に釣針を投げ入れた。


 クリティカルブレイク!!


 釣針は魚らしきものの頭に当たってしまった。魚らしきものは怒った。
「ごめんなさーいっ」
 憂が謝るが、魚らしきものは許してくれそうにない。魚に人間の言葉は通じないのだ。


「あ、やっぱり私も手伝います〜。」
 リラもようやく手伝う気になり駆け寄った。…が、途中で躓いて転んだ。
 ジュスティーヌはツルハシとスコップで地面の穴のふちを削りだした。




〜2ターン目〜


 クラウドと憂は改めて釣針を入れなおした。


 クリティカルブレイク!!


 息の合った攻撃(?)だが、またもや魚らしきものの頭に直撃したようだ…。
 それでも殆どダメージを受けていない魚らしきもの。この硬さ、本当に魚なのだろうか。


「えっと、釣り竿は持ってないから…、ティーヌさん、そのツルハシ貸してください〜。」
 言うと同時に、持ち前の強奪スキルを活かしてジュスティーヌからツルハシを取り上げたリラは、穴の周りを掘りだした。
 武器を片方奪われたジュスティーヌだが、魚らしきものが妙な動きをしているのに気付いた。
「覚悟!」
 ジュスティーヌは残ったスコップで土をすくって一気に穴の中に落とし、魚らしきものの食い上げを防いだ。


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 そんなこんなで奮闘した冒険者達だったが、結局魚らしきものは自力で糸を引き千切って逃げてしまった。
 魚らしきものがただの魚ではない可能性は急上昇。
 とにかく、こんな強敵は久しぶりだ。今日もお疲れさま。1日仕事を終えた冒険者達は休息の時を喜び合い…




「…それで、ミーちゃんはもう探してくれないの?」


 冒険者達の背後から、ドスのきいた子供の声が聞こえた。
 そう、彼らは釣りに夢中になり、猫探しの依頼の途中だったことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
 4人は釣りで疲れた体に鞭打って、再び足場の悪い森の中を歩き始めた。
 休憩などしようものなら、サラの鋭い視線が飛んでくる。
 彼女はまだまだ疲れていないようだ。
 この子は今からでも冒険者として立派にやっていけるのではなかろうか。冒険者達はそう思いつつ、背後からの視線に追われるように歩を進めた。




 さて、この依頼はすぐに達成されることになる。
 しかしそれ以来、4人の冒険者は釣り場を見つけると、猫を探さなければならないという強迫観念に悩まされるそうだ。
 現に彼らは、後に再び釣りをした時に1匹だけ釣れた魚に『ネコノオトシゴ』という名前をつけ、食べずに保管しているらしい…。




リラ・ヴェレンシュラーク(252)


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